一皿の魔法 2

トントン、と軽いノックの音とともに呼び声がして、先ほどクチーナへと走って行った部下の一人が

あと数分で食事の支度が出来る旨を伝えてきた。ツナはあー、うん、と、ソファに顔を埋めたまま生返事をする。

「なんだツナ、食事してなかったのか?」

「うん…パーティーではもうやたら話しかけられて…食べるどころじゃなかったよ。

 ていうかあんなところで食べたくない。」

また不愉快なことを思い出させてしまったようで、山本はおっとと口をつぐみ話題を変えようとする。

「そーいや、今日の夕メシはめちゃくちゃうまかったぜ!いや、いつもうまいんだけどよ、

 特にカジキが新鮮でさ…」

「ところで、獄寺君はどこ?」

努力もむなしく、ツナは山本が一番答え辛い話題をふってきた。

十年前には獄寺の方が十代目、十代目といつでもツナの後を追いかけているような有様だったが、

最近ではツナの方が獄寺君、獄寺君と常に獄寺がいないと落ち着かない。

もちろん、決して獄寺のツナへの思いが小さくなったという訳ではなく、ツナがボンゴレのボスに就任してから

彼の立場を慮って人前で必要以上に近くにいないようにしているだけでその愛情の深さは変わらない、いや

一層強くなっているのだが、ツナは逆にはっきりと獄寺を求めるようになり、今日もその「大切な右腕」が

いないことに不満を募らせているようだった。

「あー、獄寺なー、何か用があるって言って夕飯前にでかけたぜ。」

「俺より大事な用なのかな?」

寝転んでいたソファから起き上がり、こちらをじっと見つめるツナの、あまりに直球な答えに山本は苦笑する。

知り合ったころはちょっと自信がなさそうで、シャイな感じだったのにいつからこんなことを言うようになったのか。

これも獄寺の影響なんだろうなーなんて思っていると、何がおかしいの、とむっとした顔のツナにつっこまれた。

昔を思い出していたらいつの間にか顔がゆるんでいたらしい。

「獄寺にツナより大事な用なんてあるわけねーって。わかってんだろ?あいつのことだ、

 すぐ『すみません十代目!!』なんて叫びながら帰ってくるって。」

 

山本は、口を真一文字に結んでこちらをにらんでいるツナに近づき、

ぽん、ぽん、と軽く頭をたたきながら声をかけた。

 

「…山本、俺のこと子ども扱いしてるだろ。」

上目遣いにかわいらしい顔で抗議の視線を向けてくるツナに対して山本は「ん?」という表情をして、

ツンととがった髪の上から頭をなでる。それに対してまたツナが何か言おうと口を開いたとき、

またノックの音がして部下のひとりがそろそろとドアを開けた。

 「失礼致しますボンゴレ、お食事の支度が出来ましたがいかがいたしましょうか。

 サーラ(広間)で召し上がりますか、それともこちらへお運びしましょうか。」

先ほどのツナの不機嫌さがよほど恐ろしかったのか、彼の声はどこかおどおどとして落ち着かない様子だ。

「あー…ここに持って来て。」

「ハイ、ではすぐにお持ち致しますっ。」

ツナがぶっきらぼうに答えるが早いか、彼は部屋を飛び出して廊下をぱたぱたと駆けていく音が響いた。

その慌てぶりが面白かったのか、山本は小さく声をあげて笑うと

「あんま皆を怖がらせるなよ?まあ腹一杯になれば落ち着くだろーし、ゆっくり食えよ!」

なんてのんきな台詞を言い残し、じゃーな、と言って去って行った。

仕事用の机と休憩用のソファ、それに本棚があるだけの執務室はツナ一人になると無駄に広く感じられる。

(なんでこういう時に限っていないかな…)

もう一度ソファに顔をうずめながら誰にともなくつぶやいているとまたノックの音が聞こえたので、

ツナは慌てて体を起こした。

 

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