一皿の魔法 3

「御待たせ致しました、ボンゴレ。」

「ありがとう………、?」

仰々しい銀製のワゴンに載せられて運ばれて来た夕食は、たった一皿。

もしもアンティパスト、プリモピアット、セコンドピアットと順に出されるのならば話がわかるが、

皿の上に載っているのはプリモピアットであるべきパスタだったからそういう訳でもなさそうだ。

しかも、そのパスタもほとんど具のないスパゲッティ。わずかにニンニクの欠片と唐辛子が麺に隠れて

申し訳なさそうに顔を出しているだけで、いつもの、フルコースに近いボンゴレのディナーからは考えられない質素さ。

シェフに何かあったのか?と訝しがりながらも、ツナは先ほどからの空腹と、部屋に広がったニンニクとオリーブオイルの

香りに勝てずに皿を自身の方に引き寄せ、料理を運んできた部下に「戻ってていいよ、」と声をかけながら

フォークに巻き付けたパスタを口に運んだ。

(あれ…この味…。)

そのシンプルなパスタはいわゆるペペロンチーノで、それ自体はボンゴレの食卓にもよく登場するものだった。

しかし今目の前にあるこのペペロンチーノは、いつものペペロンチーノとは違う。

唐辛子とニンニクだけのパスタでそんなに味に違いが出るものかと思うが、今食べているこの味は

いつもの、ボンゴレお抱えシェフの作ってくれるペペロンチーノではない。

火が通ってホクホクと甘みが出たニンニクが好きなツナのために、薄切りの他に粗くつぶしたニンニクが入っていて

未だに辛いものがちょっと苦手なツナに合わせて唐辛子は普通のペペロンチーノに比べてかなり少なめ。

そして鮮烈な香りを出すためにフレッシュなオリーブオイルが茹で上がった後に少量だけれどかけられていて、

青い、それでいて嫌みでないフレッシュなオリーブの香りが漂ってくる。

単純な料理だけれど、その中でところどころにちりばめられた心遣い。

この一皿はツナの好みを熟知した人間が、ツナのためにつくったとしか思えない。

いつもは人一倍のんびりと食事をとるツナだったが、今夜は脇目もふらずに料理をたいらげると、

「ごちそうさま!」と叫ぶのと同時に執務室を飛びだしてクチーナへと走って行った。

 

「…何してるの??」

「え…うわ、じゅ、十代目!?どうしてここに???」

まだ片付けが終わっていない慌ただしい厨房には、なじまないエプロンなんかつけて

必死にフライパンにこびりついた油と格闘しているの獄寺がいた。

獄寺は獄寺でまさかツナがここに来るとは思っていなかったようで、

びっくりしつつも満面の笑みを浮かべて尊敬するボスを出迎えたところまではよかったが

また思いっきり的外れなことを言ってのける。

「あ、もしかして厨房の視察ですか?やっぱり食をあずかるところはファミリーの生命線ですからね。

 さすが十代目!」

(ほんとにこの人は…)

なんて、心の中で思いっきりあきれながらツナははっきりと獄寺を探しに来た、と告げた。

「もう、なんでいきなりクチーナにいるの、君は!!

 みんなに聞いてもどこに行っても知らないっていうし…。帰って来てもいないから、心配したんだよ!」

「え、それは…その、じゅ、十代目がきっと連日パーティーばっかりでお疲れかと思って、

 何かほっとするお夜食の準備でもするようにと料理人達に指示しようと思いまして…」

「で、指示しながらいつの間にか君が作ってたの??」

「…!!」

なんでわかるんですか、とでも言いたげに獄寺の目が驚愕で見開かれるが、ツナにはちっとも驚きではない。

あのペペロンチーノは獄寺が初めてツナに作ってくれた味と同じだった。

同じと言っても、日本とイタリアではオイルや唐辛子の味にも差があるので全く同じ味、という訳にはいかないけど

少しでもツナの口に合うように、という心遣いは変わらない。

「君が作ってくれた味を忘れる訳ないじゃん。」

流石に面と向かって言うのは恥ずかしいのでクチーナのよく磨かれた床に視線を落としながらも、自然と口元が緩む。

その様子を見て目の前の青年は銀髪に隠れた頬を紅潮させた。

「…光栄です。本当に大したものをお作りすることも出来なくて、これならやっぱりシェフ達に任せておけばよかったのかとも

 思ったんですが、こうして貴方の喜ぶ顔が見られただけで作った甲斐がありました。」

「疲れたでしょ、仕事の後にまた料理なんかして。」

「いえ、十代目の喜ばれたお顔と言葉で、疲れなんて消えてしまいました。

 十代目の笑顔は俺を幸せにしてくれるんです。」

そう言って獄寺がにっこりと笑うと、今度はツナが頬を真っ赤に染める番だった。

獄寺がストレートに、聞いてるこちらが恥ずかしくなるような台詞を言うのは昔からで、いい加減慣れたと思っているが

それを大人になった彼の柔らかな微笑とともに発せられるとツナは未だに己の鼓動が高ぶるのに抗えない。

俺の言葉で疲れがとれたなんて単純だなあ…なんて思いながら恋人が向ける温かい眼差しを見つめていると、

ツナはいつの間にか自分も先ほどまでのギスギスした苛立ちが消え、とても穏やかな気持ちになっているのに気がついた。

「俺も獄寺君のこと言えないか…」

「?十代目?」

苦笑しながらツナが小声でつぶやくと、獄寺は不思議そうにもの問いたげな視線を向ける。

何でもないよ、とツナは軽く笑うと「よーし、疲れもとれたしひと仕事するぞっ!」と、わざと大きな声で叫んだ。

「さすが十代目…でも、お疲れなら無理しないで下さいね。」

「キミの笑顔がみられたから、大丈夫。」

ツナはさらりとそう言いながら、他のシェフ達から見えないように素早く獄寺の頬にキスを落としてクチーナを出て行くと、

後には全身を硬直させてへなへなと床に座り込んだ獄寺が残されていた。

 

 

 END (→あとがき

                      Presented by Rayri Minazuki on 26.Jan.2009

 

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