水風船 サンプル
(とりあえず、行けるようになった、って連絡するか…)
 折角休みになったのだから、新八の誘いを断る理由はもうなかった。
そう思っても、わざわざ自分から連絡をするなどというのは、実は土方にとっては非常に珍しいことだったのだけれど。
そもそも真選組の仕事以外で何かに参加することなどめったにない土方にしてみれば、新八に限らずこうして隊士以外の人間と一緒に出かけること自体も稀だった。わざわざ他人と予定を合わせることを面倒くさい、と思ってしまう性格のせいもある。
 けれど、今回は近藤に頼まれたということもあるし、新八の誘いを断ったときの、あの一瞬の表情がずっと小さなとげのように心に刺さって、気になっていたということもある。
いつも、町で偶然会うばかりだった。一度くらい、きちんと話をするのも悪くはねえだろう。
…そんな風に言い聞かせながら、土方は携帯をポケットから取り出した。
 

(P14-15より)

******************************

(俺は…コイツのこと、全然知らないんだな)
 横を歩く新八の顔を見ながら、土方は改めてそう思う。
 何度も会ったつもりで居た。実際、隊士以外の人間で普段話すのなど犯罪者かお上くらいなのだから、土方にしてみれば新八は一般人としてはかなりよく話す人間なのだ。
 毎日のように大江戸スーパーに買い物に行っている事を知ってからは、少し、ほんの少しだけど意識して見回りにいくようにした。そうしたら、会う回数も増えた。
 けれどそれでも、土方は新八のことを全然知らなかった。
 会う度に新八がいろいろと話してくれるから、わかったつもりで居たけれど。
 誕生日に欲しいものひとつ、実は知らない。
 それに、こんな風に屋台ではしゃぐ性格だとも思っていなかった。どちらかというとそれは天パとチャイナの役回りだと思っていたのだ。
  普段、万事屋の連中と一緒にいるのを見ていると(後の二人がひどすぎるのもあり)落ち着いているように見えるが、こうして遊んでいる姿を見ると年相応に―いや、むしろ幼く見えた。
 
(P21より)
 

******************************

 
ちょうどそのとき、一際大きな音が鳴り響き、大輪の花火が空に舞った。その轟音と同時に、新八の指先からするりと虹色の水風船が抜け落ちた。そしてそのまま地面へ落下していく。
ぱあん、という軽快な音と共に水風船は地面に跳ね返って転がった。じわじわ、と水のしみがひろがっていく。
「オイ…大丈夫か?濡れてないか?」
 水風船が撒き散らした水で、新八の浴衣も夜目でもわかる程度に色が変わっていた。
 けれど、当の新八はそれを気にする様子はない。
 それよりも、新八は…自分が動揺したことに驚いていた。土方の言葉を聞いたときに、胸に走った今まで感じたことのない、痛み。これは、もしかして。
…いや、驚くことではない。さっき、手を繋いだときだって、そう。わかっていた。わかっていたけれど、気づかないフリをしていただけだったのだ。
 

(P29より)