花火 3

どのくらい時間がたったのかわからない。

花火が消えた後の空には、星が瞬いていた。でも僕は、迫ってくるような花火が目に焼き付いていて、

未だそこに華開いているかのような暗い空を見上げていた。

「…土方さん。」

視線を空に向けたまま、呼びかけてみた。

「ああ。」

一瞬の沈黙の後、応えがあった。こちらを向く気配はなかった。だから僕もそのまま会話を続けた。

「すごく、綺麗でしたね。」

「ああ。」

「こんなに綺麗な花火、初めてでした。」

「…そうか。」

「毎年観に来ているんですか?」

「…いや、江戸に出て来てからは初めてだ。」

「じゃあ、今年は、何で…?」

何で、見に来たんですか。

何で、僕と。

そう続けたかったけれど、それは言葉にならなかった。

中途半端に終わった質問に、土方さんがこちらに視線を向けたことを感じる。

暗がりに慣れて来たからか、目があったのがわかった。

その視線は決してみんなが普段形容するようなするどいものではなく、むしろ迷うような、語りかけるような、

そんな感情が籠っているように思えた。土方さんの表情は見えないけれど。見てないけれど、わかる。

そうやって見つめられていたのが一瞬だったのか、数分だったのか。

このまま会話が終わってしまうかな、と思ったとき、隣でぽつりとつぶやく声が聞こえた。

「…お前に見せたかった。」

「え?」

返って来た答えに驚いて、声の主の方に頭を向けると、一瞬、視線が絡んだけれどふいと逸らされた。

「お前に、ここの花火を見せたかったんだ。」

目を合わせずに、土方さんは続けた。好きだと言ってただろう、と。

何のことかと考えたけれど、そう言われて思い出す。

柳生に乗り込んだとき、タバコと間違えて花火を銜えた土方さんにどんな間違いだよと盛大にツッこみ、

(実際あり得ない勘違いだけど!)でもそれでも綺麗ですね、と言ったこと。

花火が好きなんですと言ったこと。

江戸の大花火を毎年楽しみにしているんだと言ったこと。

(あんな一言を覚えていてくれたの?)

 

「でも、江戸の花火は本物じゃねえ。」

自分の些細なつぶやきを覚えていてくれたんだという感傷は、突然鋭くなった口調に破られる。

「天人どもが建てたあのばかでかいターミナルに、けばけばしいネオン。江戸の町は夜でも、昼みてえになっちまった。」

「あの明るさに、助けられたこともある。夜でもよく見えて便利だって、喜んでる連中も多い。」

「でも、明るけりゃ何でも見えるって訳じゃねえんだ。」

その後に続く言葉を待っていたけれど、土方さんはいつになく熱くなっている自分に気がついたのか

はたと口を閉ざしてしまった。

でも、土方さんの視線を受けとめていたら、僕は土方さんが言いたかったことがわかってしまった。

仮染めの明るさによって霞んでしまった花火のように、天人がもたらしたものによって見えなくなってしまったものもある。

(土方さんは、きっとそれを伝えたかったんだ)

 

 

いつも冷静な土方さんがこんなに感情を表して話すのははじめてだったんじゃないだろうか。

それだけ、天人達に思うこともあるのだろう。

天人達が来てからの江戸しかしらない僕にはわからないけれど、

きっと僕らが失ってしまったものも多いのだろう。

 

…そう納得した所で、はたと一つの可能性が頭をよぎる。

「土方さん!!あの、この花火って、毎年同じ日にやるんですか?」

「ああ。毎年この日。812日だ。……って、おい、新八?」

土方さんの動揺した声で、僕は自分が泣いていることを知った。

泣いているという自覚はなかったけれど、頬を何か生温い雫が伝っていくのを感じた。

「…父上は、ここに来ようって言ってたんだ…。」

「え?」

 

まだ父が生きていた頃、姉上と三人で江戸の大花火を見に行った帰り道。

父上は江戸の花火も綺麗だけれど、ほんとうはもっともっと輝いてて、心に響くものなんだ。

来年の新八の誕生日には、その花火を観に行こう。そう約束してくれた。

 

でもそれは叶わなかった。

翌年の812日が来る前に、父上は病気で還らぬ人となった。

誕生日に花火を観に行くという約束は果たされないままだった。

 

淡々と語る僕の言葉を、土方さんは黙って聴いていた。その間も頬を伝う涙は止まらなかった。

何でだろう。悲しい訳でも、辛い訳でもないはずだ。もう10年以上も前のことなのに。

人前で、しかも土方さんの前で泣いているという事実が恥ずかしくって、

なんとか誤摩化そうと空虚なつくり笑いを浮かべたそのとき。

 

僕は頭を抱えられ、土方さんのその大きな腕の中に抱きしめられていた。

 

「泣くのは、恥ずかしいことじゃねえ。誰かを失った悲しみは、そいつのことを思い出して、

泣くことでしか癒されねえんだ。」

だから、思いっきり泣いていい。

それは、まるで土方さんが自分自身に言い聞かせているようで。

涙なんか、自分の弱さなんか見せたくない、そう強がっていたはずなのに、

その言葉を聞いたときに僕は関を切ったように泣いてしまった。

土方さんの着物に顔を押し付けて、しがみついて、声をあげて、泣いてしまった。

父上がなくなってからの10数年。我慢出来ずにこっそりと泣くことはあったけれど、

こうして人前で泣くのは初めてだった。10年分泣いてるんじゃないかと思うくらい、涙がいつまでも止まらなかった。

土方さんはそんな僕を黙って抱きしめ、ずっと、背中をなでてくれていた。

泣きすぎて苦しかったけれど、その手のぬくもりがあまりに心地よくて。

僕はいつの間にか土方さんの腕の中で眠りに落ちていた。

 

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