「花火でも観に行かないか。」
唐突にそう誘われたのは、7月も終わりに近づいたある日の、日差しが厳しい昼下がり。
年々暑さが増して行くような江戸の夏。
町中なのに蝉がうるさくて、一体どこにいるのだろうと辺りを見回してみても姿は見えない。
ただ、その鳴き声だけが、まるで録音されたテープのように繰り返し繰り返し、聞こえるだけ。
その五月蝿さにイライラして、何でこんなに暑いんだよ!!!
と道の真ん中で大声で叫んだところで、ちょうど角を曲がって来た、黒ずくめの隊服を着込んだあの人と目があった。
「なに、往来で叫んでるんだ、」とか言われて、「暑いですね、」と答えて、
そんな噛み合わない会話を続けていた気がするけれど、その中身は正直覚えていない。
暑さで頭がボーッとしていた所為もあるけれど、きっと、大したことを話さず、
でも何か話していたくて、言葉を紡いでいたのだと思う。
真夏の昼下がり、そうして5分も佇んでいれば日陰にいてもその蒸し暑さに汗が頬をつたってくる。
それをぬぐおうと手拭いを取り出し、一息ついたところで会話が途切れるタイミングを待っていたかのように。
それでもまるで重要なことではないかのようにぼそりと言われた。
「再来週の土曜、空いてるか。」
それは全く、そこまでの会話の流れとは脈略なく飛び出して来た問いかけだった。
(っていっても、会話の流れも覚えてないけど)なのに、土方さんがあんまり普通に言うから思わず
そのまま聞き流しそうになり、はたと気がついて頭の中で復唱した。
(再来週の土曜?再来週の土曜って…?僕の予定を聞かれてる?僕、土方さんに予定を聞かれるようなこと何かしたっけ?)
再来週の土曜が何の日かはわかっても、なぜ土方さんにその日のことを尋ねられるのか、動かない頭で考えてみても思い当たる節はなかった。
土方さんとは、接点があるようで実はあんまりない。
大抵は銀さんや神楽ちゃんと一緒に何かの事件に巻き込まれたときくらいで、二人で話をするのなんて、
こうして道ばたで遇ったときくらいだ。
まあ、そもそも僕があの真選組の副長と知り合いだってだけでもびっくりなんだけれど。
だから、その後に続けられた言葉の意味を理解するのにえらく時間がかかってしまった。
(ハナビ?)
土方さんと一緒に花火を観に行く。あの、土方さんと。
一体何が起きたらそういう展開になるのかわからなかった。
なぜ僕を誘うんですか。なんで花火なんですか。
しかもよりによって、その日に。
でも、そうやって浮かんできた問いは形になることはなく、僕は首を縦に振っていた。
そんな僕を見た土方さんは一瞬驚いたような顔をして、でもすぐにクールな顔に戻って。
連絡する、と言い残して曲がり角の向こうに消えて行った。
僕はその後ろ姿をぽかんと眺めていた。
「土方さんと僕が、一緒に花火を観に行く…?」
改めて声に出してみても、自分で?マークをつけてしまうほどあり得そうにない状況だった。
万事屋へ帰る道すがらずっと考えてみても、なんでこういうことになったのか、理由はわからない。
…でも、自分が反射的にうなずいてしまった理由はわかる。
姉上を取り戻しに行った柳生家で、また真選組の動乱で、剣をふるう土方さんの姿に目を奪われ、信念に心を奪われた。
自分もこんな風に、まっすぐ芯を持って生きて行きたいと思った。だからきっかけが何であれ、
土方さんとは、もっと、もっと色んな話をしてみたかった。
(…それに)
『花火を観に行かないか。』
それは、ずっと前に言われたまま、未だ果たされていない約束。
今、同じ日に誘われたことは、何かの運命だとでも思っていいんだろうか。
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