一皿の魔法

「…おなか空いた。」

予定より幾分早く帰って来たボスを労おうと集まったボンゴレ構成員達は、そのボスが

開口一番はなったそのあまりに不機嫌そうな一言に凍り付いた。

ボンゴレファミリーの現ボス、沢田綱吉は普段は構成員達とも気軽に言葉を交わし、その温厚な性格と

幼く見える容姿も相まって「親しみやすいボス」ということになっている。

しかし一度機嫌を損ねたり、不愉快なことがあったりするとその怒りは一瞬で場の雰囲気を変えてしまう。

表立って怒鳴ったり、周りを傷つけるようなことを言ったりする事は滅多にないが

彼の苛立ちは繕った笑顔を通り越してひしひしと伝わってくる。

そして今夜はそんな仮面をかぶる余裕もないほど苛立っている様子なので、一般構成員達が怯えるのも無理のないことだった。

「何か食べるもの、ある?」

「ハ、ハイっ!すぐにシェフに確認して参りますっ!!」

もうこんなもの着てられない、と言った様子でスーツを無造作に脱ぎながら広い廊下を歩くツナがそう尋ねると、

周りにいた何人かの部下達が即答し、慌てて走って行った。

今夜はパーティーだから食事は要らない、事前にそう言われていたとしても

今ボスが何か食べたい、と言ったなら用意しなくてはならない。

構成員達は祈るような気持ちでクチーナへと向かって行った。

 

「……。」

ガチャ、と自室のドアを開けたところでツナは無言のまま立ちどまった。

先ほどまで発していた不機嫌なオーラがより一層強くなったように感じられる。

付き添っていた部下はボスのその沈黙の意味と苛立ちの理由がわかるので、何も言えず顔色を伺うように一歩下がって立っていた。

「獄寺君は?」

ツナは、不快感を抑えようともせずにぶっきらぼうに尋ねる。

「はっ、獄寺氏は、その、任務のためといって先ほど、その、お出かけになられました。」

「俺が帰ってくるの知ってるのに…どこ行ってるんだよ!」

「も、申し訳ありません存じておりません!」

最後の一言は、決して哀れなこの構成員に向けられた訳ではなく一人言であろうが律儀な部下がそう答えると

ツナは彼の方も見ずにご苦労様、とだけつぶやき、バンッと大きな音をたててドアを閉めた。

部下は、ちょっと出てくる、すぐ戻るとだけ言っていなくなってしまった右腕に早く戻って来て欲しいと念じつつ

すごすごと持ち場へ戻って行った。

 

 

「よ、どうしたんだ?えらくおかんむりらしいじゃねーか?」

トントン、という軽いノックと同時に入って来たのは山本。ノックと一緒じゃ意味ないじゃん、と思いつつ

ツナはソファに寝転んだままの体勢で顔だけを入り口の方に向けた。

「みんなボスが近年まれに見る不機嫌さだって動揺してるし、えらくしょげた顔したやつともすれ違ったぜ。

 何があったんだ?今夜は同盟ファミリーのとこでパーティーだったんだろ?」

相変わらずのマイペースさでそう尋ねる山本の顔はボンゴレの幹部、というよりは十年来の親友の顔だった。

「…みんな、浅ましいなあと思っただけだよ。」

それ以上は言いたくない、とでもいうようにツナは顔を背け、ソファの背もたれのほうに体を向けた。

そんなツナに対して山本はそっか、と声をかける。

実際、多くを語られずとも彼にはツナがなぜ不機嫌なのかは大筋のところわかっていた。

名実共にイタリア国内で最大級のマフィアであるボンゴレファミリー。

そのボンゴレの同盟ファミリーと一口にいってもそれは多種多様で、ディーノ率いるキャバッローネファミリーのように

お互い信頼があり、協力関係が出来ているところもあれば今日、招待を受けたファミリーのように

まだ同盟関係を結んで日が浅く、どちらかというとボンゴレの威光を借りようとしているような組織も少なくない。

そしてそんな所にボンゴレのボスであるツナが顔を出した暁には、またとないチャンスだとばかりに寄ってくるのが

媚を売ってくるもの、怪しげな誘いをかけてくるもの、歯のうくような世辞ばかりを並び立てるもの。

そんなくだらない連中の相手をさせられるだけならまだツナも社交辞令を返しつつ笑顔をつくれていたが、

パーティーの主催者であるファミリーがここぞとばかりに他同盟ファミリー、特にランボの所属していた

ボヴィーノファミリーををけなすようなことを言うのに腹が立ち、ツナはパーティーを中座して戻って来た。

 

「…あんなやつら、縁を切ってやりたい。」

向こうをむいたまま、ツナがまたぽつりと洩らす。

もちろん、実際にはそんな一時の感情で他ファミリーとの同盟関係を壊すほど十代目ボスは子どもではないし、

そんな軽々しい事は出来ないことは山本も理解している。

しかし人一倍仲間思いなツナの気持ちがわかるだけに、山本はそーだな、と相づちをうった。

 

 

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