それから30分ほどたっただろうか。
「…眠れない…」
獄寺の腕の中でその温かさと共に眠ろうという試みはもろくも崩れ去り、ツナは全く夢の中に入ってゆく事はできなかった。
それもそのはず、いくら毎日一緒にいる「友達」とはいえこれほどの、寝息が聞こえお互いの鼓動が交ざりそうな距離に
居る事等滅多になかった。しかも獄寺のことは最近本当にただの「友達」なのかどうか、よくわからなくなることがある。
彼のちょっとした仕草に目が離せなくなったり、獄寺の方からドキっとすることを言って来たり。
そんな彼の腕に抱かれたまま、落ち着いて眠る事なんて無理だったのだ。
しかし一晩中、こうして眠りもせずいただ彼の横に居る訳にもいかないので、横を向いたり、少し頭側に動いてみたり、
いろいろ体勢を変えるがその度に獄寺の腕もうまくツナを捕まえて、結局彼の元に引き寄せてしまう。
最後には横を向いて彼と向き合った体勢になり、手が窮屈だったツナは仕方なく彼の体と腕の間から手を伸ばして
獄寺の背中にしがみつくような格好になった。
「し…仕方ないじゃん!こうしなくちゃ手が疲れるし…。」
誰にともなく言い訳をするが、実際こうして獄寺と抱き合っているのを心地よいと感じているのも事実だった。
彼の背中に回した手に少し力を込めると、ツナの背中を抱えた手にも同じように力が入ったように感じた。
「…獄寺君…。」
「………」
「起きてるの…?」
小声で訪ねるが、獄寺は静かな寝息を立て続ける以外何の反応も示さない。このまま、まるで恋人のように抱き合った体勢で
朝までいるのもどうかと思うけれど、(山本に見られたら恥ずかしすぎる!!)その一方で少しでも長い間、
このままでいたいと思う気持ちも芽生え始めていた。あまりの心地よさと、
自分を無償に慕ってくれる彼の傍にいることの安心感に。
…しかしようやくうとうとしかけてきたその時、ツナは髪にかかる風に気がついた。
初めは気がつかないフリをしていたけど、暖房の効いた部屋の中でこんなに冷たい風がふくなんてどこかすきま風かと思い
辺りを見回してみると、なんと窓が少し開いていた。いくらなんでも、12月の外気は眠りにつくには寒すぎる。
閉めなくちゃ、と思い窓のほうへ行こうとするが、案の上獄寺の腕に阻まれた。
「ちょ…、獄寺君離して!窓、開いてるんだよ!閉めないと風邪ひいちゃうよ!」
小声で怒鳴るが、獄寺のツナを捕らえた手は緩まない。強引にはがそうとするけれど、はがしたその場からまた
彼の腕が絡み付いてくる。いまやツナの顔は獄寺の顔のすぐ正面にあった。
(こ…この人、本当に寝てるの…?)
思わず疑いの目を向けるが、獄寺のその端正な顔は全く変わらず、規則正しい寝息をたてているだけだった。
このまま寝ていれば、きっと3人とも風邪をひくだろう。そうならないために窓を閉めるには獄寺を起こすしかない。
だが、ツナにはこうして抱き合った格好のまま、彼を起こすというのはものすごく気がひけた。
彼が起きて、目があって、抱き合っている自分達に気がついた瞬間のこと。
それを考えるだけでどうにかなってしまいそうなくらい恥ずかしい。
(どうしよう…)
動く事も出来ず、かといって目の前の彼の顔を見つめることも出来ず、目を瞑ったまま固まっていたそのとき。
後ろでガバっ、という音がした。後ろを振り返る事が出来ないのでよくわからないが、誰かが起き上がったような音。
真後ろが見えないのでわからないが、この部屋に他にいるとすれば山本だろう。
あまりに音をたてないのですっかり忘れていたけれど…。
そしてそのままトン、と床に足をついた音がしたかと思うと、すぐ後ろを足音が通ってゆき、
やがてピシャリ、と窓が閉まる音がした。
首を傾けて窓の方を見てみると、それは確かに山本で、山本もまたツナ達の方を向いていた。
(…やばい!!)
別に、何も悪い事はしていないのだが、獄寺とこれほど密着しているのを見られたくなくて、ツナはあわてて顔を伏せて
毛布の中にもぐろうとする。すると、山本の足音はまた近づいて来てツナ達の横を通り過ぎたかと思うと
またガバっという音がした。どうやら、彼もまた布団にもどったらしい。ほどなく、そちらからも安らかな
寝息が聞こえ始めた。
(よかった、気付かれなかったのかな…)
何となく、山本には見られたくなかった。獄寺と二人で抱き合っているところを。
なぜ?その理由はツナにははっきりとはわからなかったけれど。
一瞬の緊張が解けてほっとしたのか、ツナもさきほどまでのこわばりがとけて一気に温かい夢の中へと沈んで行った。
「…ふわぁ…、ん?」
翌朝7時。いつも目覚めの早い獄寺が目を覚ました時には(それでも彼にしては遅い方なのだけれど)
獄寺は二人分の毛布を被り、山本は自分の布団の上にそれぞれいて、ツナの姿はどこにもなかった。
当然、常にツナの動向に気を配っている右腕は心中穏やかでない。昨晩の酒もどこへその、朝から大声で騒ぎ始めた。
「じゅ…っ、十代目!?どこですか!?おい起きろこら!」
そう言って、まだ気持ち良さそうに眠っている山本に枕をなげつける。山本はもぞもぞと毛布から這い出して来て、
まだ半分しか開かない目を向けて答える。
「なんだよ獄寺…。今日、土曜日じゃん…。も少し寝かせてくれよ。」
「うっせえこの野球馬鹿!十代目がいらっしゃらねーんだ!」
しかし山本は全く意に介さぬ様子で「ん〜、トイレじゃね?」とつぶやくと、またごそごそと毛布の中へ戻って行った。
「このっ…!!!使えねーなこの馬鹿は!」
そう言うが早いか、部屋を飛び出してツナを捜しに行こうとした獄寺は、部屋の隅に寄せられた机の上に置かれた
一枚のメモ書きが目についた。動かないようにと空き缶で押さえがされたその紙には
「今日、用事があったので先に帰ります。 ツナ」とだけ書かれていた。
獄寺はツナが無事であることがわかってほっとした反面、たったこれだけの文章を残してツナが行ってしまったことへの
寂しさと、朝7時に帰らなくてはならない用事って何なのだろう、と疑問に思い心を曇らせる。
そしてもう一つ。昨晩、いやついさっきまで自分の腕に感じていたあの温かさは何だったのだろうか。
普通に考えれば山本と自分を除いたらあの部屋にいたのは十代目、ツナしかいない。
しかし、おぼろげだけれど自分も抱きしめ返された記憶がある。もし横に居たのが十代目だとしたら、そんな都合のいいことが
あるだろうか?
山本は毛布に戻ってすぐに眠ったフリをしていたが、昨日見た光景が未だに生々しく目に残っていて、
心中は穏やかではなかった。獄寺とツナの仲がいいのは知っていたけれど、ふつうに男友達同士であんなにくっついて
眠るものなんだろうか。よっぽど寒かったのか、それとも?
ツナはすぐに毛布の中にもぐってしまったのでよくわからなかったが、獄寺はとても幸せそうな顔をして
眠っていた。
…俺、もしかしてすげー邪魔しちまったのか?なんて思いながら、まあいいいか、と、
やはり眠気に勝てずにうとうとし始める。
ツナは早足で、ときおり自分の興奮を発散するかのように駆けだしながら家路へと向かっていた。
結局眠りに落ちたのはほんのひとときで(少なくともツナにはそう感じられて)、獄寺の力が抜けた一瞬に
彼の腕をほどき、二人を起こさないようにそっと抜け出て来た。獄寺の体温から離れるのはとても惜しかったが
抱き合っている姿を二人に見られるのもいたたまれなかった。
そのまま部屋の別の場所で寝るという選択肢もあったかもしれないが、興奮で眠気もどこかへいってしまった。
なんで俺、こんなにドキドキしてるんだろう。何にドキドキしてるんだろう?
答えがわかっているようでわからない問題を自問自答しながら、気がつくと家の前に着いていた。
いつも何かと自分のこころを見透かすリボーンにばれないように、息を整えて、ドアノブに手をかけた。
三者三様の思いを抱えた、平凡な夜のささいな出来事。
END (→あとがき)
Presented by Rayri. Minazuki on 26. Dec